片思いで5題<BL3本&男女CP2本>

お題配布元:Kfir(閉鎖)

01:飛べない愛へ紡ぐ言葉 ※BL
02:すべてを肯定してほしい ※BL
03:ただ笑ってくれるだけでいい ※BL
04:傷つきながら笑うひと ※男女CP
05:光色の闇 ※男女CP

書いておいて何ですが、一部何か違わね?ってのがあります、すみません。


01:飛べない愛へ紡ぐ言葉

「なぁ、覚えてるかこれ。お前、勝手に俺の譜面に色々書いてくれたよな」

二人で並んで取った写真を前に、もう居ない相手に向かって呟く。
朗らかな笑顔も張りのある声も鮮明に覚えているのに、あいつはもうこの世界のどこを探してもいない。

「やれ、固すぎるだの、暗いだの。……余計なお世話だ。柔軟すぎる誰かの演奏よりは、よっぽど受けは良かったがな」

――お前さ。本当にそう弾きたい? 楽しい? それ。

そう、わかっていた。俺の演奏は人の言われるままに、理想とされるものに則って弾いていただけ。まるで機械の様に。
同じやり方を教われば、弾きこなす才能さえあれば誰にでも出来る。
お前は違った。自由に、自分の弾きたいままに。
バッハをまるでベートーヴェンの如くに情感たっぷりに籠めて弾いた時には、苦笑しながらも、そんな弾き方が出来たお前が羨ましかった。
……本当はそんなお前の型破りな演奏が誰よりも好きだった。
大学で一緒に居る限り、いつまでも聴いていられるだろうと信じて疑わなかった。

「殺しても死ななさそうだったくせに。詐欺だ」

あれを聞く瞬間まで、いつもと同じ朝だった。

――死んだって。交通事故で。即死、だったってさ。

誰の上にでも平等に訪れる死。だが、未だに信じられないでいる。
いつか伝えようと思っていた想いは永遠に宙に浮いた。
お前の演奏が好きだと。……お前が好きだと。
自由に生きていたお前が大好きだった。
パラ……とその譜面の一節を奏でる。皮肉だろう?
お前がいなくなったことで、俺は自由に思うままに弾くことが出来るようになった。
もう弾けないお前の代わり、というのも少し違うだろうけど。
俺は俺の弾きたい様に弾ける。もう機械のようには弾けない。

「聴かせたかったな、お前に」

『遅ぇんだよ、このタコ!』そんな言葉が聞こえそうな気がした。
向こうでもお前は自由に奏でているのだろう。そして、同じところにいるかの楽聖たちに苦い顔をさせているのかも知れない。
『作ったのはあんたらでも演奏するのは俺だ!』とか言って。
ああ、そうか。いつか俺もお前と同じところに言った時に聞いてもらえばいい。
解き放たれた感情が奏でる音を。想いを。

――お前がとても好きだったよ。



02:すべてを肯定してほしい

最初から叶う恋じゃないことなんて明白だった。

***

「うちの妻の話ですがね、人の貴重な研究資料を『ただ積み上げてるだけだから、ゴミかと思ったわ』なんて、捨ててしまったのですよ。私としてはきちんと分類してるつもりなんですけどね」

講義の2回に1回は出て来る彼の妻、もしくは娘の話。
学内でも愛妻家で家族思いと評されるのは当然のように思えた。
あんな親だったら、夫だったら、さぞ家族は幸せだろう。
俺が入り込む隙間なんてあるわけがない。
それでも、彼をつい目で追ってしまうことを止められなかった。

「お前、あいつ好きだろ。教育学の向坂」
「え……」

だからだろう。一緒に講義を受けていた友人にそんなことを言われたのは。

「そ、そりゃ向坂教授は人間的にいい人だし、好きになるのは当ぜ……」
「誤魔化すなよ。……お前の好き、はそれだけじゃないだろう。触れたい、抱きたい、キスしたい。……そんな好き、だろう」
「っ……」

誤魔化すこともできず、絶句するほかなかった。
時間にしては短かっただろうが、沈黙がのし掛かって潰れそうになる。

「……汚いかな、やっぱり」

男が男を好き、だなんて。でも友人は笑わなかった。嘲りもしなかった。

「馬鹿かお前。そんなの当たり前だろう」
「う……」
「ああ、誤解するな。人が人を好きになるのは綺麗な感情だけじゃない。嫉妬、恨み、嫉み、そんな汚い感情も入り混じる。綺麗事で終わるかよ。綺麗なのも汚いのも入り混じっているのが当たり前だ。相手が男だろうが女だろうが、そりゃ変わらない。少なくとも、俺はお前の感情を否定するつもりは無い。人を好きになる、それだけでも価値があることだからな。……間違ってなんかいない」

――間違ってなんかいない。

その言葉だけで、何か肩の荷が下りたような気がした。
きっと、こうやって誰かに肯定して貰いたかったのかも知れない。
自分は間違っていないと。想うだけなら自由だと。
そのまま、普通に世間話を始めた友人に心の中でだけ『有り難う』と呟いた。



03:ただ笑ってくれるだけでいい

彼と知り合ったのはバイト先のコンビニ。
いらっしゃいませ、と威勢良く客に挨拶するのが好ましいと思い、きっちりと仕事をこなしていく姿が頼もしかった。
最初は同い年だとは思っていなかった。

「え、嘘。沢井さんの干支って酉!? 俺と一緒!?」
「……悪かったな、どうせ年上に思ってたんだろう。けっ」
「イヤ、ソンナコトハナイデスヨ?」
「棒読みで言われても、空々しいんだよ」

虚弱体質だったのもあって、ひ弱な体型の俺は、スポーツ選手のようにがっしりした沢井の体型に憧れを持っていた。
憧れだけ、だったはずだった。それが違うと気付いてしまった。

「じゃーん! 見ろ、この写真! 上手く撮れてるだろう」
「おー、可愛いじゃん。妹?」
「ばーか。彼女だよ、か・の・じょ!」
「か、彼女なんていたの!? お前に!?」
「ふっふっふ。先日から彼女のとこに通い詰めてだな、やっとOK貰って付き合い始めのほやほやだ! どうだ、羨ましいだろう!」
「沢井の彼女さん、大変だろうな」
「どういう意味だ、こら」
「えー、言わせるのかよ、言われたいのかよ」

胸に確かに覚えてしまった痛み。
秘めておかなければ、と思った。この思いには蓋をしなければ。
下手に伝えて疎遠になってしまうくらいなら、今の距離でいい。これ以上近づくことなんて望まない。
友人として傍に居られるなら。
だって、働いてる時間はずっと一緒にいる。

「や、聞いてくれよ! 昨日な、あいつなー」
「もうこれが可愛いのなんのって! あー、俺幸せだー。待ってろ、真由! あと2時間で帰るぞー!」

聞かされるのが惚気話ばかりだとしても。
あいつは本当に嬉しそうに、幸せそうに笑うから。
胸の痛みをどこかに抱えつつも、満たされるのも確かで。
その笑顔がたまらなく好きだ。
ただ、お前が笑ってくれればそれでいい。
お前の幸せなところを見られるなら十分だから。
そう思いながら、今日も明日も明後日も。
大好きなあいつと一緒に仕事をする。
あいつの笑顔を見るために。



04:傷つきながら笑うひと

「今日はどちらへ」
「品川にいる。急患が来たら携帯に電話するよう伝えてくれ」
「わかりました。いってらっしゃいませ」

そうして、今日もあの人は出かける。
妻(わたし)ではない、女の元に。

***

「奥様、お電話が。篠原さまから」
「そう、繋いで頂戴」

そう知らせが来て、間もなく再びなるベルに受話器を取り上げる。

「こんばんは、篠原さん。ご無沙汰しておりました、お元気?」
「貴方、よく夫の愛人に対してそんな風に挨拶できるね」
「だって、夫がお世話になってましたもの。ねぇ元愛人さん。ああ、失礼。妾にはなるのでしたっけ。お宅の子の養育費出してますものね」
「……あの人、今何人いるわけ?」
「さぁ……四人は確かだったと思いますけど」

――この家の男はね。一人の女じゃ満足できないんだ。代々ね。

ここに嫁いだ最初の夜にあの人はそう言った。

――病気だと思って諦めてくれ。それでも妻は君一人だから。
君はここで、堂々と構えていればいい。

そう、何人愛人や妾がいようとも。この家にいていいのは妻たる自分のみ。

――知っています? 奥様。桂木先生、愛人の一人に子どもを作らせたようですよ?

さも他人事のように言ってきた当の本人こそ、この女だった。
他に子どもが出来たのだから別れたら?とこの女が私に言ってきたことが発覚すると、夫はいともあっさりこの女を捨てた。
ご丁寧に子どもには家に関する一切の権利を与えないことに不服はないとの書類まで書かせて。
そんなことをする女だとは思わなかったと、彼女を見る夫の目はとても冷たかった。
そして、私は相変わらず妻としてこの家にいる。
生活に不自由した試しはない。飽きるとおもちゃのように捨てられる女たちに比べて、身の保障をされている私はまだ幸せだろう。

「で? 本日は何のご用件ですか。夫なら今日は品川の方ですけど」
「急ぎじゃないから、あの人に伝言を。孝太が私立の学校に行きたがってるから、考えておいて下さい、とだけ」

そうか、あの時の子どもはもうそんな年になるのね。
私の子と……香澄と三つ違いだったっけ。

「そう。わかりました。帰ってきたら伝えますわ」
「……あんな人の何処がいいの、貴方」
「あの人と付き合っていた上に、結婚するつもりまであった貴方がそれをおっしゃる?」

無性に可笑しくて、つい笑ってしまった。
電話口の相手は笑わない。

「だって、あの人の帰る場所はここですもの。妻として待つのは当然でしょう?」

他の相手に子どもが居ても、私にも香澄がいる。
私だけが妻としてここにいて、あの人はここに帰ってくる。
ねぇ、羨ましいでしょう?



05:光色の闇

遠くに何かが見える。闇の中で唯一浮かぶもの。
眩い暖かな光。……あれは、手?
ああ、見覚えがある。白く細く、美しかった妻の手だ。

――お迎えに参りましたのよ、貴方。お疲れ様でした。

その手が私の手を取る。見上げた顔は初めて出会った二十代の頃の妻。
あれが逝った時は七十も過ぎていたのに。

――狡いな。お前一人そんな若くなっているとは。
――まぁ、何をおっしゃいますやら。ご自分の姿をよく御覧なさいな?
――……あ、これ……は。

いつのまにか、私の姿も二十代の頃のものになっていた。
若く、何をするにも容易く出来るような気がしていたあの頃。
華族出身でお嬢さん育ちだった妻と共に育った地を捨て、連れ添って五十五年。
妻が先立ち、自分の番はいつだろうかと思いながら過ごしてから二年。
ようやくまた逢えた。

――ふふ、私が逝った後。貴方あまりに気落ちしてらして。あまりに情けないから、迎えに来るかどうか迷いましたわ。
――酷いな。何があろうと世界の果てまで着いていく、とそう言ったのはお前だろう。
――ええ、だから参りましたわ。『今度こそ』一緒にいてもよろしいでしょう?
―……ああ。

抱き寄せると、妻は嬉しそうに微笑んだ。長いこと焦がれていた笑顔だった。

***

「あら? ここの患者さん……」
「昨晩、ね。安らかに」
「そう。確か、身寄りはいらっしゃらなかったのよね?」
「ええ、天涯孤独。結婚もなさらなかったそうだし、親兄弟も随分昔に亡くなったって」
「そうよねぇ。お年もお年だったし。でも時々妙なこと言ってたわね。もうすぐ妻が来るんだって」
「大分痴呆が進んでらしたから。でも幸せそうな顔していたわ。その『妻』が来たんじゃない?」

――今度こそ、一緒に。世界の果てまで。


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