戯れの一時<BL(ML?)・性的表現有・おっさんカプ>
[Side A]
「おう、お帰り」
「……来るなら、電話の一本くらいしろと言っただろう。大体、おまえにはここの鍵を渡していたはずだが?」
いつものようにスーパーに寄ってから自宅に帰ってきたところ、玄関のドアの前に座り込んでスマホを弄っていた相手につい溜め息を吐く。
「今日に限って鍵は忘れてきた。から、帰ってくるの待ってた」
「……帰って来なかったらどうするつもりだったんだ。今日は週末だぞ。飲みで遅くなったり、息子のとこに泊まってくる可能性とか考えなかったのか?」
「ちゃんと帰って来ただろ? で、飯もこれから作るんだよな? 食わせてくれ」
「っとに、たかりかよ」
こんなところは、大学時代と全然変わらない。
こいつと初めて会ったのは十代の終わり。
あれから、数十年経過したというのに、そんな時間の流れが嘘のようなやりとりだ。
俺は女房と死に別れ、こいつは離婚と、経緯は違えど、お互いに独り身ならではの気楽さのせいか。
お互いの子どもたちもとっくに成人していて、同居している家族がいないから、こうして時々どちらかの家で食事したり、泊まったりするのは、ままあることだ。
まぁ、どちらかの家と言いつつ、こいつの家は娘さんが掃除した直後以外に行くことはほとんどないが。
下手に散らかっている状態で行くと、俺が我慢出来ずに掃除を始めてしまいたくなるのが関の山だ。
「チャーハンでいいな?」
「チャーハンがいい。前におまえが作ってくれた高菜のやつ。あれ美味かった」
「厳密なレシピがあるわけじゃないから、前と同じ味になるとは限らないが、それで良ければ」
玄関の鍵を開けながら、そんな他愛もない会話を交わす。
どこにでもいる、くたびれた親父が二人。
多分、誰が端から見たところで訝しむ要素はないだろう。
人は想像出来ないに違いない。
俺たち二人がセックスするような間柄だってことは。
***
「なぁ。一体どういう生活したら、こんな整理整頓された空間が保てるんだ?」
「それは俺が言いたい。一体どういう生活をしたら、あんな足の踏み場もない部屋に出来るんだ?」
リクエスト通りに作った高菜チャーハンを食った後はそれぞれ風呂に入り、案の定今夜は泊まっていくと言った相手と共に、今はベッドの中だ。
どちらもベッドに入る段階で服は着ていない。
「ダメだよなー。全部嫁さん任せにしちまってたから、どうも片付けるの苦手でさ」
「そんなだから愛想をつかされたんだろう。おまえ、大学時代から部屋がまともに片付いてること少なかったよ、な……っ」
言葉尻が震えてしまったのは、やつの手にモノを握りこまれたからだ。
ツボを押さえた動きに流されてしまう前にと、こっちからもやつのモノに触る。
相変わらず、張りも角度も年を考えれば若い状態に、つい俺自身の状態と比べて溜め息を吐いた。
快感からの吐息と解釈してくれれば良かったが、生憎真意を悟られてしまったらしい。
「何、溜め息吐いてんだ」
「……何でもない」
「こういうのは状態云々より、敏感ならいいだろ」
「ん、く……っ」
カリの部分を強めに扱かれて、今度は本当に快感から息が乱れる。
大学時代は本当にただ、他の友人達と同じように集まって遊ぶだけの仲だった。
互いの結婚式には行ったし、時々は家族ぐるみで会ったりなんかもするぐらいには親しかったが、セックスなんてするようになったのは、お互いの伴侶がいなくなってからだ。
――気持ち悪けりゃ拒んで構わない。けど、出来れば触らせて欲しい。
気持ち悪いとも、拒もうとも思わなかったのは、関係を終わらせてしまうことへの躊躇いも微かにあったが、不思議なくらいに抵抗はなかった。
言ってきた時のこいつの目が、あまりに真剣だったからかも知れない。
触られて、触って、イカされて、イカせて。
若い時のような衝動はなくても、したくなる時はある。
風俗に行く気はなかったし、性器の作りや肌の柔らかさは流石に女とは全く違うが、肌を重ねることで得られる温もりはそう変わらないと思ったのが正直なとこだ。
身体を繋ぐ行為もいつの間にか受け入れられるようになったし、時にはこっちから仕掛けることもある。
月に一度か二度、そうして時間を過ごしていくうちに、女房を亡くした寂しさを少しは埋められていることに気付いた。
「……なぁ。今日挿れてもいいか?」
「明日……っ、朝食と昼食を作ってくれる、なら……なっ……」
若い時だとまた違ったのかも知れないが、この歳ではしばらく行為の疲れは尾を引く。
身体を繋いだ日には尚更だ。
午前中はハッキリ言って使い物にならない。
それでも拒む気にはなれずに、そう返すと小さな笑い声が聞こえた。
「おまえのそういうとこ――」
好きだぜ、とまだ掛けたままだった眼鏡を外されながら、耳元に落ちてきた言葉。
いつまでこうした関係を続けるつもりなのか、自分でも掴みかねているが、この一時を失う気にはなれなかった。
[Side B]
昔から同性ながらに整った顔立ちだとは思っていたが、歳を食っても美形は美形だというのは、この友人を見ていると実感させられる。
帰りを待って、玄関前に座り込んでいた俺を見、眉を顰めた顔でさえ妙に様になる。
「おう、お帰り」
「……来るなら、電話の一本くらいしろと言っただろう。大体、おまえにはここの鍵を渡していたはずだが?」
スマホにしている俺と違って、相変わらずガラケーを使い続けている男は、メールやインスタントメッセージの類で連絡することをあまり好まない。
この家の前まで来て、貰っていた合鍵を忘れたことに気付いたが、どうせそのうち帰ってくるだろうと踏んで、暇つぶしに娘から送られた孫の写真を見ていた。
「今日に限って鍵は忘れてきた。から、帰ってくるの待ってた」
「……帰って来なかったらどうするつもりだったんだ。今日は週末だぞ。飲みで遅くなったり、息子のとこに泊まってくる可能性とか考えなかったのか?」
「ちゃんと帰って来ただろ? で、飯もこれから作るんだよな? 食わせてくれ」
こいつは自覚していないのかも知れないが、予定は早め早めに立てるタイプで、先々に予定があれば会った時に言ってくるし、基本は家で過ごしたいらしく、滅多に飲んで帰ってきたりもしない。
だから、それを考えると今日は絶対いつも通りの時間に帰ってくると思っていた。
「っとに、たかりかよ」
俺と違って、大学時代から家事全般が得意な男は、夕食もほぼ自炊だ。
いくら、こいつの女房が生きていたときから身体が弱く、そんな女房をサポートするために、まめに家のことをしていたとはいえ、俺たちの世代では珍しいだろう。
口にしたことはないが、昔からこいつの作る料理が別れた女房のものよりも好きだった。
なんで、お互いに一人暮らししている状況を幸いに、月に一度か二度はこうやってこいつの家に来る。
このぐらいの頻度なら、まぁ変にも思われないだろう。
「チャーハンでいいな?」
「チャーハンがいい。前におまえが作ってくれた高菜のやつ。あれ美味かった」
「厳密なレシピがあるわけじゃないから、前と同じ味になるとは限らないが、それで良ければ」
微かに目元と口元が綻ぶ。
顰め面も悪くねぇが、やっぱり笑った顔は一層綺麗だと思った。
***
「なぁ。一体どういう生活したら、こんな整理整頓された空間が保てるんだ?」
「それは俺が言いたい。一体どういう生活をしたら、あんな足の踏み場もない部屋に出来るんだ?」
基本は俺がこの家に来ることの方が多いが、俺の生活を心配している面もあるのか、偶にこいつが俺の家に寄ることもある。
が、俺は生憎と片付けは昔から苦手で、やっぱり心配で時々様子を見に来てくれる娘が片付けてくれた直後くらいしか、部屋に人を呼べる状態じゃない。
普段は自分が寝られりゃ十分だから、ベッドぐらいはまともな状態にはしてあるが、それでも綺麗好きなこいつからしたら部屋の状況が気になるらしく、本来の目的をそっちのけで部屋を片付け始めちまうから、ここで本来の目的――セックスすることが多かった。
「ダメだよなー。全部嫁さん任せにしちまってたから、どうも片付けるの苦手でさ」
「そんなだから愛想をつかされたんだろう。おまえ、大学時代から部屋がまともに片付いてること少なかったよ、な……っ」
あまり出てない腹を軽く撫でてから、まだ柔らかさを残しているモノを握る。
声が震え、眼鏡の奥の綺麗な目に快感の色が浮かんだ。
俺のモノも触ってくれるが、少し探ったところで溜め息を吐かれる。
こいつが自分自身にあまり自信がないってのは、セックスするようになってから初めて知ったことだった。
――悪いな。死んだ妻以外は知らないし、おまえほど立派でもないから、然程面白味もないかも知れん。
だから、多分俺に対しての不満というのじゃなく、自分に対しての溜め息なんだろうが、そんな反応は少し面白くない。
「何、溜め息吐いてんだ」
「……何でもない」
「こういうのは状態云々より、敏感ならいいだろ」
「ん、く……っ」
綺麗な面した分、快感に歪んだ時は背筋がぞくぞくするほど凄みがある。
自分じゃ気付いてねぇんだろうな。今、こんなん知ってるのは俺だけなんだなって思うと、気分がいい。
昔から顔立ちは好みだったが、それでも同じ男だったし、こんな風に欲情したことなんてなかった。
こいつの女房が病気で死んで、少し表情に陰りが出たときはドキリとしたのは確かだが、欲情するようになったのは、俺が女房と離婚してからだ。
離婚直後に多少生活が荒れたのを心配してか、気遣ってきたこいつに妙にムラムラした。
とはいえ、まさか誘いに乗ってくるとは思わなかったが。
――気持ち悪けりゃ拒んで構わない。けど、出来れば触らせて欲しい。
驚きに表情が固まったのは一瞬で、こっちが戸惑うほどあっさりとそれを承諾したのを思い出す。
思えば、こいつも女房を亡くして大分経っていたが、浮いた話の一つもなかったから、欲求不満の部分はあったのかも知れない。
いざ抱き合ってみたら、意外な程に身体の相性が良くて、さらに戸惑った。
男は他に知らないが、何となく快感のツボは自分でも分かるからか、ずるずると行為にハマった。
大学時代に知ってしまっていたら、それこそケダモノになっていた気がする。
この歳だから、かえって良かったんだろうな。
「……なぁ。今日挿れてもいいか?」
「明日……っ、朝食と昼食を作ってくれる、なら……なっ……」
翌日が予定のない休日なら、大体こいつはそうやって返してくれる。
歳をとって、体力が落ちたこともあるだろうが、挿れられる側だと結構キツイらしい。
なのに、させてくれるんだよなぁ。
少しはうぬぼれてもいいんだろう。
「おまえのそういうとこ――」
好きだぜ、とやつの眼鏡を外しつつ、耳元で囁く。
さっきよりも表情が蕩けたのを確認しながら、こうして時間を一緒に過ごせる相手がいることに幸せを噛みしめていた。