歪んだ愛の形で5つのお題<BL・一部性的表現有>

お題配布元:追憶の苑

01:あなたを打ち付ける
02:滴る血を飲み干して
03:この檻から君を逃しはしない
04:永遠の痛みをあなたにあげる
05:その痕を見て、思い出すがいい

タイトルで想像つきそうですが、みんな病み気味です。


01:あなたを打ち付ける

何を犠牲にしても手中に収めたかった。誰にも渡したくなかった。
壊れてしまっても、傍に置いておきたかった。

***

「抵抗、しないのか」
「……する理由がないからな」

まるで十字架に磔にされた聖者のように。
穏やかな目と静かな口調は全てを甘受していた。
服を脱がせ、露出された肌に口付け、甘く吐息を零す唇を奪い、身体を開かせ、誰も踏み込んだことの無い場所を犯してもなお。
その腕は俺に縋りつきもしないが、押しのけることもなく。
唯、あるがままを受け入れていた。
いや、違うな。受け入れてくれてるんじゃない。
受け入れることしか出来ないんだ。……それでもいい。

――どうだって、いい。もう。

こいつの左腕の肘に残る大きな傷。
日常生活に支障はなくとも、ヴァイオリニストとしての道は断たれた。

――弾けなくなったのなら、後はどうなろうと。

こいつにとっては不幸な事故。だが俺には好機だった。

――どうなってもいい、というなら俺のものになれよ。

好きにしろ、という言葉を聞いた時の俺はきっと笑みを浮かべていただろう。
……今でも想像していないだろう?
将来有望なヴァイオリニストだった。周囲の期待も大きかった。
ウィーンへの留学も決まっていたお前の前途を断ったのは俺。
かろうじて大学に滑り込めたレベルでしかなかった俺とは訳が違う。
道が完全に分かれる前に縫いとめておかなければ、傍になんていられなかった。
そうして手中に収めた愛しい相手。

「……愛してるぜ」

もう死ぬまで離さない。ヴァイオリンでは勝てなかったけど、望むものを手に入れたのは俺だよ。



02:滴る血を飲み干して

暗い赤と暗い紅。血をワインで割った液体はグラスの中で妖しく存在を主張する。
黒魔術だ、何だという連中はきっとこの妖しさに魅了されたんだろうな。
グラスを取り、一口含むと咽る様な甘い香りと血の匂い。

「……変態が」

その拍子に小さく聞こえた呟き。
振り向くと、ベッドに青い顔で横になったまま、グラスの中の血の持ち主が侮蔑するような目で見ていた。

「否定はしないがな。まだ話せる元気があったのか」
「…………っ……何……っん……!」

再びグラスを煽り、ベッドに近寄って、口移しでそれを相手に無理矢理飲ませる。
唇を離した途端、そいつは激しく咳き込んで飲ませた液体だけでなく胃液まで吐き出した。
当たり前だな。元来血には嘔吐作用がある。
ワインと割ったとはいえ、それを飲める俺の方が本能に沿わぬ人間だ。
変態、というのならそうなんだろう。きっと身も心も狂っている。
汚れた口元をハンカチで拭ってやると、力を失いつつある目はそれでも気丈に俺を睨む。

「少し寝ろ。吐くのに体力使っただろう。そろそろ無理するとしゃれにならないぞ?」
「誰の……所為、だと……」
「お前の所為だろう? お前が逃げようとしなければ俺はここまでしなかった」

血の滲んだ両の手首の包帯を取り、現れた傷口に舌を這わせ血を舐め取る。
やっぱりワインで割ったものより、血だけの方がより甘い。

「元気になったら、また可愛がってやるよ。おやすみ」
「覚えて……やがれっ……」
「覚えてるさ。お前のアノ時の声は悦くてたまらないからな」
「……っ。そっちじゃ……ねぇ……っ」

そして、この羞恥に歪めた顔も。愛しくてたまらない。
細胞の一欠片まで、お前の全ては俺のモノだよ。



03:この檻から君を逃しはしない

結果としては、正しかったのかも知れない。
私は確かに復讐のつもりで彼に近づいたのだから。

***

「……に…………さ……」

家の玄関の戸を開けた途端に、甘えるような声で呼ばれた。
淫蕩な印象を与える目は私達の父親によく似ている。

「良い子にしていたかい? 海」

傍に寄っていって、頬を撫でると嬉しそうに目が細められた。

「うん……俺良い子にしていたよ。だから、ご褒美くれるでしょう?」
「先にメシを食わないと、身体がもたないんじゃないか?」
「ううん、平気。ね、セックスしよ……?」

――ふざけるな! 母さんの葬式にも来なかったやつなんか知らねぇよ!

そんな威勢のいい口の利き方をしていたのは、ほんの一年前だ。
父が事故で死んで、公開された遺書の中で初めて明かされた腹違いの弟。
とうに死んでいた母がある時期から恨み言を呟くようになった理由がようやくわかった。
自分の夫が知らないところで勝手に女を囲い、子どもまでいたと聞いて冷静でいられる人間はそうはいない。
父が遺した財産なんてたかが知れた金額。
半分だけ血の繋がった彼にそれを渡すことに不服があったわけじゃない。
ただ、気持ち悪かった。知らないところで同じ血を持つ人間がいるということが。

――やめて! その目で見ないで! 
――なんで……似ちゃったのよ……。

父親似の目元だったのは、海だけでなく俺もだった。
多分、母は知っていたのだろう。海の目が父にそっくりだということを。
そして、それこそが海が父の子どもであることの証明でもあり、俺と血が繋がっていることの証明でもあった。
あれ以降、母は俺の目を見て話すことがほとんどなくなった。
海の所為じゃない、と思えるようになったのは最近だ。
最初は海の存在が母を追い詰めたのだと、突き落としてやるつもりで近づいた。
だけど、他に血が繋がったものがいないからだろうか。
半分しか同じ血は流れてないのに、気付いた時には手離せなくなっていた。

――兄さん、がいてよかった。……一人じゃなかった。

初めて兄と呼ばれ、笑いかけられて。
優しかった父を思い出したのは、やはり目の所為だったんだろうか。
誰にも連絡を取らせることなく、監禁に等しい状態を海は受け入れた。
……可愛い海。たった一人の異母弟。

「仕方のないやつだな。……おいで」
「うん…………!」

死ぬまで離さない。逃さない。私達は二人で生きていく。
同じ目の中に相手の存在を宿しながら。



04:永遠の痛みをあなたにあげる

それはまるで、呪いを刻むように。
ひたすら紅に床を染めていった。

***

「勝手にすればいい」
「先……生」
「君が卒業するまでの遊びだと、最初にも言っただろう?」

――知っているだろうが、私には妻も子どももいる。
――本気で溺れはしないよ。それでも良いのなら拒みはしない。
――卒業までの期間、楽しませて貰おうじゃないか。

確かに先生に好きだ、と告げた最初にそんなことを言われた。
それでも、先生を変えられると思っていた。自信があった。
噂で聞いていた先生の偽装結婚。同性愛者だが家の事情でやむなく結婚したのだと。
だが、それを言っても先生は口元で笑うだけだった。

「噂、ね。……半分は当たりで半分ははずれだな。私は同性も愛せるが、異性も愛せる、両性愛者だ。ついでにいうなら最初は確かに気の乗らない結婚ではあったけど、今では妻を愛している。人生のパートナーは他にいないよ」
「そんな……」
「残念だったね」

行為の後によく見せた笑顔と同じ笑顔でそんな残酷な言葉を吐き出す。
あの言葉は痛かった。
たった今、切りつけた首筋よりも。
服を染め、床を染めていく血。それをみて初めての行為の際の出血を思い出す。
あの時の痛みは幸せに繋がったのに。

「……先生……」

ねぇ、俺は本当に貴方が好きだったんだ。貴方も好きでいてくれると思ってた。
でも、俺ではダメだったんだね。それならせめて忘れないで。
貴方を思って死を選ぶ、愚かな人間がいたことだけは。
最後の瞬間まで、俺が貴方のことで痛みを抱えていくように、
俺は貴方に永遠の痛みをあげる。血を見るたびに俺のことを少しでいいから。
思い出して。



05:その痕を見て、思い出すがいい

自分で気付いていないのか?
俺の傷痕を見て、表情が歪むことに。
報いだな。お前は死ぬまでこれを忘れないだろうから。

***

「抵抗、しないのか」
「……する理由がないからな」

勝手にすれば良い。身体を犯して全てを得られると思うのなら。
身体は明け渡しても、心までは明け渡さない。
どれほど、俺に蔑まれているかお前は気付いていないだろう?
自分の目論見が全て上手くいったと思い込んでる平和な頭。
騙されているといいさ。
お前のしたことを俺が知らないとでも思っているならな。

――助かったぜ。ああ、これであいつはもう弾けない。

怪我が仕組まれたことだと知った直後はショックではあった。
弾けなくなったことと、信じていた友人の企みに世界が終わったような気分になったのは事実だ。
だが、時間が経つにつれてそんな人間を友人だと思っていた自分が愚かだったのだと知った。
あいつは最初から欲望交じりにしか、俺を見ていなかったというのに。

――どうだって、いい。もう。
――弾けなくなったのなら、後はどうなろうと。

だから、そう口にしたならきっと言い出すだろうと思っていた。

――どうなってもいい、というなら俺のものになれよ。

可哀相なやつ。お前よりも俺のほうがずっと根性が悪いんだよ。

――好きにしろ。

目の色が変わった様はいっそ愉快だった。
全てを得られたと思うならお笑い種だ。
自分で気付いていないだろう?
時々、俺の傷痕を見てはほんの僅かに顔を歪ませることを。
良心の欠片が疼くってやつだろうな。
俺の方はそれを見て、内心では笑いを堪えきれない。
人生設計は確かに変わった。
だけど、悪人になりきれずにいるこいつを眺めていくのは悪くはない。

「……愛してるぜ」

ああ、俺はいつまでその言葉に笑わずにいられるかな。
お前は何も得ていない。せいぜい傷痕を見て思い出すがいいさ。
自分のやったことを。俺の心境に気付いた時のお前の顔が楽しみだよ。


back